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誇りの地 巡礼 地域の魅力を再発見する

2014.08.19

<8月の旅先>軽井沢 追分節のルーツ

江戸時代から歌い継がれる郷土の民謡。軽井沢には、歌声が響いた中山道の宿場町がありました。中山道で最も栄えたと言われる北国街道との分岐点、追分で今も歌い継がれる「追分節」民謡に歌われた場所を探す歴史散策へ出かけてみませんか?

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長野県軽井沢――

江戸時代、日本橋から続く中山道は、最初の関所・碓氷峠を越えて信州・軽井沢へと続きました。軽井沢にあった宿場は、軽井沢宿、沓掛(くつかけ)宿(しゅく)、追分宿の3つ。

中でも、越後へ至る北国街道との分岐点を持つ追分宿は、旅籠71軒、茶屋18軒、商店28軒を数え、中山道の宿場で最も栄えたと言われています。

追分宿を描いた浮世絵には、荷物を馬に乗せて運ぶ馬子の姿があります。馬子たちは、商人や旅人の荷物を運び、運送の駄賃を手にしていました。

当時の面影が漂う町には、馬子たちの宿泊した旅籠が残されています。今は民家として使われていますが、中を見せてもらえました。以前は、馬子が馬の手綱を引いたまま入り、駕籠かきが籠を担いだまま入れるほど、玄関の間口は広かったそうです。中へ進むと、そこは吹き抜けの間――

2階の隅には、壁の色が他とは異なる箇所があります。この壁の奥にあったのは、隠し部屋。当時、旅籠の仲居の中には、遊女の役割を果たしていた女性もいて、幕府の取り締まりから逃れるため、一時的に身を隠したそうです。

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馬子たちが街道で歌った唄は、追分宿で、今も歌い継がれる民謡へと変わります。

最盛期には、250人ほどいた仲居。彼女たちが、三味線の伴奏で馬子唄を歌い、それが「追分節」になりました。「追分宿郷土館」では、江戸時代に使われていた品や宿場の歴史を紹介すると共に、軽井沢の民謡である「追分節」の文化も今に伝えています。

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